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管理人:植毛バカ

 

このページでは、植毛バカの自己紹介をさせてもらいます。植毛バカに興味ある人がいるかどうか分かりませんが(笑)、もし興味がありましたら読んでみてください!



 

植毛バカのプロフィール

 

物心ついた頃から、あまり挫折を味わったことがありませんでした。子供の頃から運動に勉強、人間関係と、何もしなくても全てが上手くいっていたんです。

 

学生時代のバレンタインデーは毎年同学年だけではなく、下級生、上級生からももらっていました。友人に「そんなにもらって食べきれないだろ」と羨ましがられるほどで、自分でも「こんなにモテていいのか」と嬉しさ半分戸惑い半分でした。彼女も途切れたことがなく、こちらから告白をする前に相手から呼び出されたり、手紙をもらって交際がスタートする、ということばかりだったんです。

 

恋人がいても告白される日々で、周りが「彼女ほしい」と嘆く度に、どうして皆彼女が出来ないんだろうか、こんなに簡単なのにと思うこともありました。口に出すことはありませんでしたが、今思えばそれだけ恵まれた日々だったのでしょう。

 

そこそこの勉強であっさりと東京の有名私立大学へ合格しました。元々記憶力には自信があったんですが、現役一発合格で両親始め担任の教師にも「さすがだ」「良くやった」と褒められ、悪い気はしなかったんです。

 

実家から大学は少し距離があったのと、大学生になったら自由を満喫したいと思っていたので、仕送りをもらいながら1人暮らしが始まりました。大学へ入学してそこで出来た友人に誘われ入ったのは、テニスサークルです。真面目にテニスをするというよりも飲み会が多く、いわゆる飲みサーというものでした。

 

軽いパリピ系のノリは嫌いじゃなかったのと、そういった飲み会の場の空気が楽しかったので、誘われれば断ることはしませんでした。コンパはこちらから行きたいと思わなくても、「お前が来るって言った方が女の子が集まるから!」と友人に頼まれることの方が多かったように思います。

 

友人と出かけているときや1人でぶらっと買い物へ行っているときに、ファッション雑誌の担当者から声をかけられたことが何度かあります。それで何度か、興味本位でモデルの真似事もしたことがありますが、自分の載ってる雑誌を見た読者からファンレターをもらうこともあって、悪い気はしませんでした。

 

仕送り以外でもうちょっと遊びに使えるお金が欲しくて始めたバイトや、朝早くの講義がない日以外は割とコンパに参加していました。ときどきバイトして、空いている時間はコンパで知り合った女の子と遊んで、彼女も新たに出来てと正に青春を謳歌していました。飲んで遊んで、大学生の頃が一番楽しかったかもしれません。

 

就職も、サークルの先輩から誘われ一部上場企業に決まりました。サークルの部長を引き継いで運営していたときに、OBの彼女を見つけるためにコンパを開いて無ことに成功し、その時にOBから気に入られて「うちの会社に来るか」と誘われたんです。

 

就職活動はさすがに気合を入れないといけないかと思っていた矢先だったので、OBからの誘いは渡りに船でした。IT系で、一応他にも目星をつけて就職活動をしていたものの、業務形態も希望に沿っていたのでそのままそちらに決めました。

 

学生時代は良かったけれど社会人になって潰されるというのはダサいと思い、仕事も自分なりに頑張りました。すると頑張った分だけ結果が返ってくるので、楽しさを覚えやる気も出て、ますます仕事もこなしていったんです。

 

仕事はそれなりに忙しかったんですが、合コンに参加したり彼女と遊ぶ時間もあり、自由な社風で上司や同僚との関係も良く、こちらでも楽しい日々を送っていました。彼女は同僚主催の合コンで知り合った子でしたが、性格も好みも合うので将来この子と結婚するのも悪くないかもしれない、なんて思っていました。相手もその時までは、自分と同じ気持ちだったと思っています。

 

仕事に恋愛に、ときどき参加する合コン遊びにと大学時代同様、20代前半もバラ色の毎日でした。しかし暗雲立ち込めたのは、20代後半からです。そのちょっと前から抜け毛が多いように感じていて、しかしそれ程悩むことはないかと放っておいてしまったんです。

 

20代後半からハゲが気になりだした植毛バカ

 

抜け毛は止まることなく、20代後半でアッと言う間に額が広くなってしまいました。M字にハゲてしまい、剃り込みが深く入りすぎたひと昔前の不良のような状態になりました。やばいと感じて慌てて育毛剤を使い始めました。

 

普段は横髪や後ろ髪を前へ持ってきて、スプレーで固めてM字ハゲを隠していました。しかしその辺りから段々とコンパへ誘われることも少なくなり、彼女ともちょっと関係が冷めてきてしまったんです。それでもいつかは髪も生える、そうしたら彼女との関係も取り戻せるしまたコンパ遊びも出来ると鼓舞していました。

 

しかし33歳のときのこと、結婚を考えていた彼女から「別れよう」と一方的にフラれてしまいました。理由を聞いても答えてくれず、しつこく問い詰めてやっと同僚と浮気をしていることを認めました。その同僚は社内でもモテる方で、髪もいまだに衰えることなくフサフサなのです。「正直ハゲとは付き合えない」と彼女から辛辣な言葉を投げつけられ、初めて酷い失恋を体験しました。

 

その後は何をやっても上手くいかず、新たな彼女は出来ないし、同僚に頼み込んで参加したコンパでも女性からはM字ハゲを笑われ(たような気がして)、孤独な毎日でした。35歳の時に心機一転、ライターとして独立しようと思いそれまで勤めていた会社を辞めました。

 

退職したいと上司に告げたときも、同僚に「独立してフリーで仕事をしようと思う」と言ったときも、特に引き止められることはありませんでした。「そうか、お前のしたいようにすればいい」という言葉だけで、叱咤激励もありませんでした。このとき、会社に意地でもしがみついていればまだ違っていたかもしれませんが、もう半分自暴自棄になっていました。

 

独立後の仕事は思うようにいきませんでした。想像では、どんどん仕事が入って安定した毎日、そして育毛も上手くいってまた彼女も出来て、結婚もして子供もいて幸せな家庭を築いているイメージだったんです。

 

それが仕事のストレスでどんどんハゲが進行して、38歳の頃には昔よりさらに頭髪が薄くなりました。育毛剤は使い続けていたんですが、それでもM字ハゲがどうにもならないくらい深く切れ込み、全体的なボリューム感がガッカリするほど寂しくなってきてしまったんです。

 

学生時代や社会人当初の写メを見てから今の状態を鏡で確認すると、本当にやばいことになったなと落ち込みます。どうしてこうなってしまったのか、あの頃の輝いていた自分はどこへいったのだろうと感じました。もう横髪や後ろ髪では隠せるような状況ではなく、これでは外へ出歩くことも、それどころか人と会うことすら苦痛です。

 

5歳下の弟は既に結婚して綺麗な奥さんも可愛い子供もおり、実家へは頻繁に帰って親孝行をしているようでした。それに比べて自分は正月も1人暮らしの部屋に閉じこもって、数年前から親戚とは顔を合わせない状態が続いています。両親からは「早く結婚しなさい、お見合いでもいいから」と電話をもらう度に、情けなくなります。弟からも「昔の兄さんは憧れだったのに、今は…」と言葉を濁され、こうなってしまったことを本当に悔しく思ったのでした。

 

そこでとうとう、医師へ相談してAGA治療を始めようと決意しました。今までは自己流で育毛剤を使っていたんですが、それではどうにもならないと悟り、だったら専門家に頼るしかないと思ったんです。これで上手くいって、またあの頃の髪が戻ってきてくれれば、もう自分に恐いものはないだろうと感じます。髪さえあれば自信も出て仕事も成功し、結婚相手も見つけることが出来るでしょう。

 

将来の幸せのためにも、何としてもAGA治療で髪を取り戻そうと思っています。それだけが、今の自分の希望でもあります。

 

 

管理人:植毛バカ

 

・・・という最悪の状況になってしまい、植毛バカは本格的にAGA治療を始めることにしました。その後の経過については、体験談の方に詳細に書かせていただいています。

 

恥ずかしい写真満載ですが、同じようにハゲ・薄毛で悩んでいる方には参考になると思います。ぜひ一度読んでみてください。そして、感想などいただけますとうれしいです。

 

最後までお読みいただきまして、ありがとうございました。



 

植毛バカが「恥体験」を公開しちゃってます(笑)

 

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